「日米貿易摩擦」経験者が語る 貿易戦争への対処

一般財団法人国際貿易投資研究所
理事長
畠山 襄

「日米貿易摩擦」といわれる現象が生じてから、随分長い月日がたった。しかしその実態は何であるのか、についてすら明確でない。従って、正確にはいつから始まったのか、などと問われても答えようがない。畢竟(ひっきょう)、問いがはっきりしていないのだから、答えもはっきりしているわけがない。

以下に述べるのは、筆者の独断と偏見に基づく「摩擦」に関する解釈であって、筆者がかつて属した通商産業省および日本貿易振興会(JETRO)等の組織の解釈を示すものではない。

貿易摩擦は日本から見て、(1)対米輸出面での摩擦、(2)対米輸入面での摩擦、(3)対米投資面での摩擦、④対日投資面での摩擦、と一応四つの形態に分類できる。このうち、(1)は、モノの輸出とサービスの輸出とに分かれる。

まずモノの輸出についてだが、有名な乗用車の対米輸出自主規制措置がレーガン米大統領の鈴木善幸内閣総理大臣に対する強い要請により、1981年から1994年まで実施された。これは日本のみが実施したものであった。

サービスの輸出は、そもそもこのようなアプローチが適正かどうかはさて置き、日米二国間貿易収支は過去10年間を見ても一貫して米国側の黒字となっている。だとすれば、米国側は日本側のサービス貿易収支の赤字について、無論とやかく言えた義理ではない。

内航海運の場合、John's Actにより米国船籍の船と米国人労働者の使用が義務付けられるのに対し、日本の内航海運ではそのような規制は置いてないなど、日本の方が開放的な面も見られる。トラックの輸入についても、米国の輸入関税は25%と工業製品とは思えないほど高い一方、日本では乗用車もトラックも世界どこから輸入しようと関税はゼロであり、輸入数量制限もない。

モノの輸入については、貿易摩擦の最大の原因となっている。その大きな理由の一つは、米国側が、日本の乗用車の輸入政策が極めてオープンであるにもかかわらず、それを無視して日本市場に「見えない貿易障壁がある」と主張してやまなかったからだ。1992年冒頭に行われたブッシュ(父)米大統領訪日に随行したGMやフォードなどの首脳はこの主張を繰り返した。これに対して日本側は、それではなぜ欧州車は日本市場に進出可能なのか、と反論した。日本から遠く離れた南米チリのような市場でも、日本車の輸入シェアが23.4%(2017年)と米国車のシェア8.1%を大きく上回っていることなどを見ても、日米自動車産業の国際競争力の格差が考えられる。

チリの自動車輸入先上位5ヵ国(2017年)

順位輸入先輸入額シェア
1日本992,67823.4%
2韓国688,23716.2%
3中国349,8978.3%
4米国341,0488.1%
5フランス306,3747.2%
世界合計4,235,843100.0%

(単位:1,000ドル)
出所:ITC calculations based on UN COMTRADE

自動車の他に、米国が日本に「見えない貿易障壁がある」と指摘するのは、木材・建築資材などである。2018年USTR外国貿易障壁報告書が日本について指摘しているのは、前記に加え、サービス分野では日本郵政の独占的な事業活動程度である。

昨今の米自動車メーカーは日本の自動車ショーへの出展にすら興味を示さず、もっぱら関心は中国市場に飛んでいる。日本市場でのシェアは伸びるはずがない。「特定国との貿易に関して自国に不利な結果が生じていることのみを理由にして、相手国の貿易政策・措置を不公正とする“結果志向”は、客観性が欠如し、管理貿易に転化しかねず、反競争的効果をもたらしかねない」(2018年経産省刊不公正貿易報告書)という歴史に学んだ教訓を、日米双方は再確認すべきであろう。

対米投資に関しては、包括通商法のエクソン・フロリオ条項が米国にあり、遡及効(そきゅうこう)といって、その法の発効以前に遡(さかのぼ)ってその法を発効させてしまう、国際法の一般原則に反する法規が制定されているばかりか、今夏既に対米外国投資委員会(CFIUS)強化法が制定された。この結果、米国の安全保障に脅威とされる外国からの投資が厳しく審査され、大統領の差し止め権限が強化されることになった。鉄鋼・自動車が米国の安全保障に脅威だとする解釈がまかり通れば、大統領に恣意(しい)的な差し止め権限が付与されるに等しい。為政者エゴによる外国投資を差し止める風潮が世界に広まれば、世界経済の収縮は必定である。米国がその引き金を引いたという結果責任をどう負うのだろうか。

対日投資面では、米国の期待と日本の努力の現状は相違するかもしれない。だが、米国側は日本市場の実態を理解しようとせず、あるいは努力を怠って不首尾の理屈に「障壁」をあげつらう向きも少なくない。そのためにジェトロはじめ関係者は外国企業の立場に立って、進出成功のために惜しみない汗をかいている。その過程で差別的な措置に遭遇した時は、WTOなどマルチの場に提起して公に解決を図るべきであって、二国間で取引されるべきではない。

21世紀の日本は、自由主義経済を主導する責任あるリーダーたらんとして日々努力している。日本の対外政策の基本原則として、特に次の3点が緊要である。

  1. 戦後70年、戦火に巻き込まれることなく断固貫いてきた平和国家を堅持する姿勢の一環として、核兵器のごとき大量破壊兵器や同部品と、アフリカなどの内戦に用いられる小火器(銃を含む)の生産・輸出入・使用の禁止などに関する国際条約の締結の提唱。
  2. WTO・FTAなどルールに基づいた自由主義経済の持続的発展を自覚した交渉姿勢と、自国第一主義に陥ることなく、例えば車の安全基準などで相手国市場を尊重する姿勢の堅持。
  3. 資源エネルギー(農林水産物を含む)の乱獲・乱掘防止のための抜本的な国際条約の提唱の検討。

(本稿は2018年8月17日に入稿いただいたものです)

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