変化を続けるロシア市場における東京貿易グループのロシア事業

Tokyo Boeki RUS LLC
General Director
瀧川 敬司

モスクワ国立技術大学(MISIS)内にて
同大学と当社が共同で運営している電子顕微鏡スクール

東京貿易グループは一般的な総合商社とは違い、自社ブランドの堅持と一体化された製造・販売・サービスの提供による付加価値の創造に重点を置き、グループ傘下の各事業会社は、エネルギー機械・医療・セキュリティー等の国内外の市場で自社ブランドの製品・装置を製造・販売しています。しかし、時としてロシア市場の関係者の方にロシア市場に特化した専門商社と勘違いされるほど、東京貿易の名前とブランドはロシアビジネスの老舗として深く浸透しているようです。

東京貿易のロシア(旧ソ連)市場でのビジネスの歴史は、1956年の日ソ共同宣言による両国の国交回復当時にまでさかのぼります。当社は米国、豪州などの自由主義経済圏に加え、市場としては未開拓だったソ連、中国、東欧などの共産圏とも積極的に取引を進めました。国交回復の2年後の1958年には第1号の日本製の電子顕微鏡を納品し、その後、東京貿易は1,000台以上の日本製電子顕微鏡および理科学機器をロシア各地の大学・研究機関に納品し、多くのロシア人研究者・学生に日本製の電子顕微鏡をご活用いただいています。2000年にノーベル物理学賞を受賞されたジョレス・アルフョーロフ氏も、サンクトペテルブルクのヨッフェ物理学技術研究所の勤務時代に当社が納品した日本製電子顕微鏡をご自身の研究にご使用いただいたとのことです。

東京貿易のロシア現地法人の代表として、私自身、ロシア各地の大学・研究所を訪問させていただく機会がありますが、20年以上もたった電子顕微鏡がいまだに大切に使用され、ロシア人研究者からその性能と耐久性に感謝の言葉をいただくたびに、長年にわたり高品質の電子顕微鏡を製造していただいたメーカーの皆さまと苦労をされてソ連市場で販売を続けてきた当社の先人の方々への尊敬の念を禁じ得ません。

その後、東京貿易は電子顕微鏡と並び産業設備・鉄鋼・原料など取り扱いの商材とビジネスを拡大し、日ソ外交関係の進展に伴い、1967年にはソ連政府から駐在員事務所開設の正式認可を受領いたしました。これはソ連政府による西側企業向けの最初の正式認可になります。正式な認可受領後も1970年代にはロシア最大の自動車製造企業であるAvtoVAZ社、トラック製造企業のKamAZ社、他に大型の日本製プレス装置を納品するなどの多くの実績を残しています。

ソ連崩壊後の経済混乱の厳しい時代も、逆風の中で東京貿易はビジネスを着実に推進し、2006年にはビジネスの現地化を目指して現地法人Tokyo Boeki RUS社をモスクワに設立いたしました。現在、二十数人のロシア人メンバーと私を含む2人の日本人で、主に電子顕微鏡をはじめとする日本・欧米製の各種ハイテク装置と産業用装置・設備をロシア・CISの市場で販売しています。


当社の重要顧客であり、日ロ間のアカデミービジネス関係の促進の協力協定を締結しているモスクワ国立大学

ハイテク装置の販売は主にロシア・CIS市場内の大学・研究機関、ならびに民間企業の研究部門向けに行っています。ハイテク装置のコア市場であるロシアの大学・研究機関向けでは当社は長年にわたり高い市場シェアを堅持しています。一方、現在、ロシア政府が輸入製品の内製化を目指し、国内製造業の育成・高度化に取り組んでいますが、国内製造業の高度化には高精度な産業用顕微鏡や分析装置、加工装置の導入が欠かせません。ロシア政府の大学・研究機関向けの教育科学省予算が伸び悩む中、当社はこうしたロシア市場の新たな潮流をキャッチし、市場が求める日本・欧米企業の各種産業用のハイテク装置を客先に提案しています。

こうした技術ソリューション営業を当社が推進できるのは、長年にわたり築き上げたロシアの大学・研究機関との深い信頼関係であり、また、客先の高度な技術要求を理解し、適切な技術提案をできる当社のロシア人営業メンバーの高度な技術レベルにあります。ロシアのハイテク装置の市場は非常に参入障壁が高いのですが、当社のハイテク機器営業部は全員、ロシアの一流大学・大学院で高度な技術教育を受けたハイテク装置・技術の専門家集団であり、物理・化学などで何人もの博士号取得者が在籍しています。よって、客先の技術ニーズの分析・技術スペックの作成・技術提案などハイテク製造企業と同等の技術営業を行うことができます。こうした当社の技術営業能力は、客先のみならず当社のビジネスパートナーである日本・欧米の製造企業からも高い信頼をいただいています。

また、もう一つの当社の主要なビジネスである産業用装置・設備の販売に関しても、従来のロシアの石油・ガス企業向けの大型ディーゼル溶接機の販売に加えて、2014年以降のルーブル安の恩恵を受けて生産設備の購入資金が潤沢なロシアの製鉄・非鉄金属等のマテリアル生産企業向けの産業設備の販売にも力を入れています。当社がトップの販売シェアを占める大型ディーゼル溶接機ビジネスでの人脈を駆使して新たな市場開拓に取り組むとともに、現地法人の強みと長年のプロジェクトビジネスのノウハウの蓄積を駆使し、代金のルーブル決済と機器の輸入通関後の現場搬入まで踏み込んだローカルスキームを提案し、ロシアの現地エンジニアリング会社と組んで大型プロジェクトを手掛けています。


当社がロシア・CIS市場で販売している高性能な日
本製ダンプクローラ


当社がロシア・CIS市場で販売しているハイエンドの日本製大型溶接機


2014年に私がTokyo Boeki RUS社の代表となってから、当社の企業コンセプトとして「日本人の顔を持ったロシアのローカル企業」を掲げています。理由は、日本のみならず欧米の製造企業がロシア市場に新規に進出する際に大きな問題となるのが、ビジネスパートナーとなる信頼のおけるロシアのローカル企業が少ないことです。しかし、当社は日本企業の資本と日本人の経営(=日本人の顔)により担保された信用によって運営されるロシアのローカル企業であり、また、東京貿易グループ内の国内の提携企業とも綿密なビジネスの連携体制をとっているインターナショナル企業でもあります。

よって、国内の当社のビジネスパートナーは東京貿易グループの国内企業を経由した取引にすることにより、ロシアのカントリーリスクを含めた輸出業務一切を東京貿易グループに委託することができ、また、欧米企業はTokyo Boeki RUS社と直接取引を行うこともできることで、現地のビジネスパートナーとして当社を活用しています。このような事業形態の柔軟性と現地化が当社の特徴といえると思います。

事業の現地化の推進に欠かせないのが経営のローカル化の推進ですが、当社は経営のローカル化でも日系企業の最先端を行っていると自負しています。日系企業の海外現地法人は形は独立した法人でも、経営の中枢は本社の営業事業部が担い、海外現地法人は本社の営業事業部門内の一組織であるケースが多いと思います。しかし、そもそも、東京貿易グループは「連邦経営」というユニークな経営形態をとっており、東京貿易グループ内の各事業会社はそれぞれが自立した企業体として本社(東京貿易ホールディングス社)に対し、各社が経営責任を負っています。従い、当社を含め東京貿易グループの各事業会社は本社に対し厳しい採算責任を負い、かつ、本社の事業方針に沿いながらも、各社はそれぞれが現場に即したスピーディーな経営判断を下すことが求められています。

連邦経営を基盤にした経営の現地化は、日本とは社会構造・市場環境があまりに違い、かつ、変化のスピードが速いロシア市場でビジネスを推進する上で当社の大きなメリットとなっています。また、当社の経営幹部のほとんどがロシア人であり(写真ご参照)、各人がそれぞれの専門分野のプロフェッショナルとして経営責任の一端を担い、かつ、地場の視点で市場・ビジネスを捉えて、直接、私に提言を行い、かつ、当社の日本・欧米のビジネスパートナーとも直接交渉する体制をとっています。一方、私を含む日本人メンバーは、日本人の視点でロシア人経営幹部を監督・補佐するとともに、より高い視点で事業全体の方向性を鳥瞰(ちょうかん)する機能を担っています。

経営のローカル化を推進した結果、当社のロシア人メンバーは高い当事者意識でビジネスに取り組んでいます。これは当社を訪問された日本・欧米の製造業の皆さまからも高いご評価をいただいております。個人主義とセクショナリズムの傾向が強いロシア社会ですが、当社の社員には「For the Team」意識が高いと思っています。これは海外企業の現地法人にありがちな経営判断から現場が締め出されている感覚がないことと、ロシア企業に多い経営判断が経営トップのトップダウン一本やりでなされる体制にないことから、当社の経営幹部・コア社員が事業経営への参加意識を共有していることの結果によるものと考えています。

経営判断の早い(ある意味、荒っぽい)ロシア企業と変化の早いロシアの市場でビジネスチャンスを的確につかむには、経営の現地化による経営判断のスピードアップと、地場の視点と日本人の視点の複眼的な視点によるダブルチェック体制が欠かせないと思っています。常に当社は駆逐艦のように広い洋上を迅速に走り回り、ビジネスチャンスを縦横に追い掛ける体制にありたいと考えています。

ところで、私自身、ロシア市場は世界最大規模のニッチ市場と考えていますが、その中でも当社は上述の当社の強みを生かし、かつ、特定のニッチ市場を集中して攻めて、そこでのナンバーワンの地位を確立することを狙っています。また、当社のビジネスモデルは仲介ビジネスではありますが、川上での商品の右から左への横流しではなく、地場の販売会社としてロシア各地の展示会・コンファレンスへの出展、客先に出向いての技術セミナーの開催など、きめ細かい「足を使った」営業活動をしています。また、モスクワとエカテリンブルクの2ヵ所に倉庫を持ち自己リスクでも在庫オペレーションも実施しています。大型溶接機の販売においては、ロシア国内で当社の複数の地域ディーラーが合計100ヵ所以上の販売ポイントを持っていますが、当社の営業メンバーはこれらの地域ディーラーと一緒にエンドユーザーを訪問してエンドユーザーの声を吸い上げ、また地域ディーラーに対して当社はメーカーと協力してメテナンストレーニングを実施するなどの対応もしています。つまり、ロシア市場においてビジネスの川下に位置し、「スピード×ニッチ×集中×高付加価値=利益の拡大」をビジネスの基本戦略としているのです。

2017年、当社はロシア(ソ連)政府から正式な駐在事務所開設の受領から50年を迎えました。また、2018年は当社がロシア(ソ連)に電子顕微鏡の第1号を納品してから60年という節目になりますが、1991年の旧ソ連崩壊により大きな損失処理をしたことは教訓としてしっかり引き継がれています。次の50年に向けて東京貿易のロシア事業をますます発展させるためには、私たちがお客さまに愛され、また、当社のビジネスパートナーの皆さまから長く信頼され続ける必要があると考えています。

進化論のダーウィンは変化への対応力こそが生物生存の鍵であると主張しましたが(Itis not the strongest of the species thatsurvives, nor the most intelligent, butthe one most responsive to change)、ロシア市場で生存し続けるには変化への対応力こそ最も重要な鍵の一つと考えています。東京貿易はロシアビジネスの老舗であり続けるために、変化し続ける市況・市場ニーズ・製品・競合会社の動きに合わせてわれわれ自身の機能を常に進化させ、われわれはロシアのお客さまと世界をつなぐ懸け橋であり続けたいと考えています。


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