日ASEAN貿易・投資関係の現状と展望

早稲田大学大学院 教授
浦田 秀次郎

1. 急激に変化する日ASEANを取り巻く貿易・投資環境

日本と東南アジア諸国連合(ASEAN)を取り巻く貿易・投資環境は大きく変わりつつある。ASEANでは、1992年のASEAN自由貿易地域(AFTA)によって開始された市場統合へ向けての行動計画は、2015年末までに予定されているASEAN 経済共同体(AEC)の創設で一応終了する。ASEANは21世紀に入って、日本、中国、韓国、インド、豪州・ニュージーランドと個別に自由貿易協定(FTA)を発効させているが、現在、それらを束ねるような形のFTAである東アジア地域包括的経済連携(RCEP)交渉が進んでいる。また、去る10月5日にASEANの一部の国々(シンガポール、ブルネイ、マレーシア、ベトナム)と日本や米国などのアジア太平洋地域に位置する12ヵ国により構成されるFTAである環太平洋パートナーシップ(TPP)協定交渉が合意に至った。

AEC、RCEP、TPP などのFTAは加盟国間の貿易や投資に係る障壁を撤廃・削減することで、加盟国間での貿易や投資を推進することから、今後、アジア太平洋地域における貿易と投資の流れは大きく変化することが予想される。この点を踏まえて、本稿では、日ASEANの貿易および投資関係の現状を概観し、将来を展望する。

2. 日本の貿易と投資にとって重要性を増すASEAN

日本とASEANの貿易は、1997−98年のアジア通貨危機と2008年の世界金融危機の期間を除くと、継続的に増加している。日本からASEANへの輸出および日本のASEANからの輸入は2000年から14年にかけて、687億ドルと598億ドルから1,052億ドルと1,165億ドルへと、おのおの、1.5倍と1.9倍に増加した。日ASEAN間の貿易は増加したが、日本とASEAN にとって貿易における相互の重要性は変化した。日本の対世界輸出および輸入に占めるASEANのシェアは2000年から14年にかけて、それぞれ約15%で、ほとんど一定であったが、ASEANの対世界輸出および輸入に占める日本のシェアは2000年から13年にかけて、それぞれ13.7%から9.6%へ、19.0%から9.5%へと大きく低下した。ASEANの貿易に占める日本の低下は、長期間における日本経済の低迷が原因である。

日ASEAN間貿易では電気機械や一般機械が両方向で増加しているが、その大きな部分は部品が占めている。部品貿易拡大の背景には、日本企業が採用したフラグメンテーション戦略により構築された生産ネットワーク(サプライチェーン)の存在がある。フラグメンテーション戦略では、生産体制を工程ごとに分割し、それらの工程を、直接投資を用いて最も効率的に実施できる国・地域に配置することで生産ネットワークを構築し、工程間を部品貿易で連結することで、高効率・低コスト生産を実現する。

日本のASEANへの直接投資フローは、2000年から14年にかけて、2億ドルから204億ドルへと約100倍も増加した。その間、日本の世界への直接投資に占めるASEANのシェアも0.7%から17.0%へと大きく上昇した。日本企業の海外現地法人の全世界での売り上げに占める在ASEAN 現地法人のシェアが2003年から13年にかけて、14.7%から20.5%に上昇したことからも、日本企業の海外事業でのASEANの重要性が分かる。ちなみにASEANへの対内直接投資に占める日本からの直接投資のシェアは年ごとに振り幅があるが、2000年から14年にかけておおむね15%前後で推移しており、ASEANにとっては貿易よりも直接投資で日本の重要性が高い。日本のASEANへの投資は製造業では、輸送機械、電気機械、非製造業では金融・保険や卸売・小売業などが大きな位置を占めている。

3. AECとTPPで変わる日ASEAN貿易・投資関係

2015年末までに創設される予定のAECの最大の目的は市場統合(単一市場と生産基地)の実現であるが、具体的には、ASEANをモノ、サービス、カネ、ヒトが自由に移動できる地域にすることである。AEC構想が発表された2003 年と比べれば、市場統合へ向けて大きく進展したが、依然として、モノ、サービス、カネ、ヒトなどの移動を制限する障壁が残っており、AEC完成までには、まだ時間がかかりそうである。

AEC創設を見越して日本からの直接投資は2013年ごろから急増しているが、市場統合がさらに進めばASEANの消費地と生産基地としての魅力が高まることから、直接投資流入の勢いは加速される。中国での賃金高騰も日本の製造企業によるASEANへの直接投資に拍車を掛けている。市場統合の進展により経済成長が推進されれば、ASEANの人々の所得が上昇し、購買力が向上することから、自動車などの耐久消費財産業だけではなく、レストランや大規模小売店などのサービス業における日本の投資が拡大するであろう。

日本からASEANへの直接投資の増加は生産ネットワークを拡大させ、日ASEANの貿易を増加させる。競争力に乏しいと考えられている日本の食料品も、日本レストランの開業などに伴ってASEANへの輸出が増加する。特に、日ASEAN・FTAの利用度の上昇は、日ASEANの貿易の拡大に貢献する。

TPPも日ASEANの貿易・投資に大きな影響を与える。TPPは財・サービス貿易と投資における高水準の自由化と野心的かつ包括的なルールを含む協定であることから、モノ、サービス、カネ、ヒト、情報の協定国間移動が推進される。特に、直接投資については極めて高度な自由化が合意されており、直接投資が大きく拡大すると思われる。ASEAN諸国の中では、TPPに参加しているマレーシアとベトナムへの直接投資が増加する可能性が高い。その理由としては、外国企業に対する制限が緩和され国内企業と同等に扱われようになるからである。現在、両国では政府系企業が優遇されており、その結果として経済において支配的な地位を得ている。しかし、TPPが発効すれば、政府系企業に対する優遇措置は削減・撤廃されることから、日本企業をはじめとしてTPP参加国の企業による直接投資の流入が増加する。直接投資の流入は貿易を活発化させることから、これらの国々と日本との貿易・投資関係は拡大するであろう。

4. 日ASEAN間の貿易投資のさらなる拡大に向けて

貿易と投資の拡大は経済成長の重要な源泉である。実際、日本やASEAN諸国の経済発展・成長も貿易と投資の拡大によるところが大きい。日ASEAN間での貿易および投資を制限するような障壁は、日ASEAN・FTAの発効により削減されたが、TPPが発効されれば、一部のASEAN 諸国との間ではあるが日本との貿易・投資障壁がさらに削減される。

ASEAN諸国のさらなる発展・成長と低迷する日本経済の再興に大きく貢献する日ASEAN間の貿易・投資を推進するには、ASEANは早期にAECを完成させる一方、日本とASEANは協力して、現在、交渉中のRCEPを早期に合意・発効させるとともに、現段階ではTPP未参加のASEAN諸国によるTPP参加を実現させることが重要である。

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