商社とCSR―伊藤忠商事の取り組み

伊藤忠商事株式会社 CSR・地球環境室長
小野 博也

1. 商社のCSRリスク

商社という業態は世界でも類似の業態があまりなく、CSRを重視する中長期の投資家にとっても分かりにくい業態だ、という声が多い。彼らが重要視する DJSI(DowJones Sustainability Indices)など株式指数の選定プロセス、CDP(Carbon Disclosure Project)など NGO団体による CO2排出等に関する調査のフォーマットは主にメーカーを想定したもので、商社として回答・対応しづらい面が多々ある。しかし、2016年に入り、日本株を30兆円もの規模で保有する「年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)」がCSRの評価軸でもある ESG(環境・社会・企業統治)を重視した指数をつくり投資先を選別するとの発表や、経済産業省も ESG評価指針を作成するとの報道があり、CSR取り組みの重要性が急激に高まっている。

また、2014年に金融庁が制定した日本版スチュワードシップ・コードや 2015年に金融庁と東京証券取引所がとりまとめたコーポレートガバナンス・コードの導入により、特に融資関係のステークホルダーからのESGに関する質問・調査等が増えているが、これはCSR推進体制を整えておかないと融資にも影響する可能性があるということを示すとともに、逆にCSR体制を整えておけば、商社の特性・CSRの取り組みへの投資家やNGOの正しい理解が促進されることにもつながる。

今年開催されたリオ五輪は、Sustainabilityを重視したロンドン五輪の流れを引き継ぎ、資材調達に関してはスタジアム建設から金メダル材料に至るまで環境配慮一色であった一方、人権 NGOのアムネスティから警備強化の名の下に人権侵害が多く発生したとの指摘を受けている。2020年に向けて東京五輪のみならず、日本企業そのものに対してもNGO等の監視が強まるといわれており、商社としても十分留意する必要がある。なぜなら商社の CSRリスクには三つの軸(商品、国、バリューチェーン)があり、ある意味、落とし穴だらけともいえるからである。

具体的には、労働集約的で途上国に生産背景を持つ商品や環境破壊が起きやすい地域での事業が多いことなどであるが、自社としての対応は進んできているものの、昨今はサプライヤーやさらにそれより上流で発生する人権侵害や環境破壊についても「同罪である」「加担している」などと責任を問われるケースが増えている。それが理由で株価にマイナスの影響が出ることも考えられる。また、カリフォルニア州サプライチェーン透明法・英国現代奴隷法などが施行され人権への配慮とその開示要求が強まり、サプライチェーンにおける企業の取り組み姿勢を明確にしていくことが重要になる。

こうした背景から、日本貿易会ではCSR研究会で議論を行い「サプライチェーンCSR行動指針」を昨年度7年ぶりに改定し、このようなリスクへの対応を強化した。

2. なぜCSRなのか

ここ数年のCSRの動きをみると、国連における「ビジネスと人権に関する指導原則」「SDGs(持続可能な開発目標)」の採択、ISO26000(CSRの国際規格)、統合報告書(アニュアルレポートとCSRレポートの統合)、紛争鉱物(金・すず・タンタル・タングステン)、マテリアリティ(CSR上の重要課題)などのガイドラインや法令が次々と日本に入ってくるという流れがあり、年々やらねばならないことが増えている。スポーツの世界に例えると、柔道やノルディックスキーなど、日本選手が金メダルを量産すると競技のルールが変わり、日本選手は新ルールへの対応を強いられ、その結果として競争力が弱まっていくという流れである。こうした流れを断ち切るためにも、CSRの世界的な動きを早めに捉え、できれば先取りし、企業としての競争力強化に生かす工夫が必要となってくる。

3. 伊藤忠商事のCSR推進とSDGs


伊藤忠商事ホームページより

伊藤忠商事は「三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」という近江商人の精神を継承し、ビジネスを通じて社会的な課題解決に貢献するという考え方をTOPが発信している。2014年にはコーポレートメッセージ「ひとりの商人、無数の使命」を制定し、「伊藤忠らしさ」「個の力」をさらに強め「この世界に生きるすべての人の明日に貢献する企業として『豊かさを担う責任』を果たして」いくことを宣言した。こうした考え方を各部署の取り組みに落とし込むため、期初にCSRアクションプランとして各営業部門がCSR推進計画を立て、レビューし、さらには進捗をWEB上に公開している。次ページが一例である(図)。

2015年度はこの計画の中にSDGsを組み込んだ。SDGsには貧困や教育など途上国の課題だけでなく、再生可能エネルギー、水、インフラなど商社が従来よりビジネスとして取り組んできている分野での目標も定められており、商社としてその達成に大きな役割が期待されているからである。

SDGsに関し国内のマスコミ等では報道される機会が少ないが、海外ではSDGsに特化した株式指数が開発されたり、ユニリーバがダボス会議で SDGs達成を目指す委員会を立ち上げるなど、積極的な取り組みが見られる。当社もSDGsの17目標に関し自社の取り組みを整理し、上記のように計画に組み込んだ上でPDCAサイクルを回していくとともに、社内・グループへの啓蒙も続けている。具体的には、国連採択前の2015年2月のCSRセミナーで取り上げて以降、社内報や食堂前での動画放映、役員・幹部と外部有識者によるCSRアドバイザリーボード、グループ会社を対象としたSDGsワークショップなど、機会があるごとにSDGsをテーマに取り上げている。一番重要なことは、ビジネスを通じてこれらの目標達成に貢献することであり、そのためにグローバルなパートナーシップも活用しつつ取り組むことが、自社のCSR推進のレベルアップにもつながると考えている。

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