商社、日系機関の現地駐在代表者が語るASEAN市場の現在とこれから

豊田通商株式会社 顧問 豊田通商アジアパシフィック社長磯野 央幸
住友商事株式会社 理事 アジア大洋州総支配人補佐 アジア大洋州住友商事会社 取締役COO
シンガポールユニット長、アジア大洋州資源・化学品ユニット長
岡田 卓也
双日株式会社 常務執行役員 アジア・大洋州総支配人 兼 双日アジア会社 社長加藤 英明
丸紅株式会社 常務執行役員 アセアン・南西アジア統括 兼 丸紅アセアン会社 社長桒山 章司
伊藤忠商事株式会社 常務執行役員 アセアン・南西アジア総支配人佐々木 淳一
三井物産株式会社 専務執行役員 アジア・大洋州本部長 兼 アジア・大洋州三井物産株式会社 社長田中 聡
(独法)日本貿易振興機構 シンガポール事務所長長谷部 雅也
三菱商事株式会社 常務執行役員 アジア・大洋州統括森山 透
(一社)日本貿易会 常務理事齊藤 秀久(司会)

1. 最近の日本の対ASEAN地域の貿易・投資動向


(一社)日本貿易会 常務理事
齊藤 秀久氏

齊藤(司会)
本日は日本とASEANとの貿易・投資関係、ASEAN経済共同体(AEC)の発足を控えたビジネス環境の動向、そして商社ビジネスの展望について、ASEANとの関係強化の在り方を踏まえながら考えていきたい。先般、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)が大筋合意に至ったが、今後ますますアジア太平洋地域において各国間の経済連携が強まると考えられる中で、ASEANを地域として、どのように捉えていくのかについてもご意見を頂きたい。ASEAN10ヵ国といっても、各国の経済状況はさまざまであるため、日本との関係においてASEAN全体を概観する意味で、日本とASEANとの貿易・投資動向についてJETROの長谷部さんからコメントを頂きたい。



長谷部(JETRO)
日本はASEANの輸出相手国としては中国、米国に次いで3位に位置付けられ、輸入相手国としては中国に次いで2位という状況である。円換算で見るか、ドル換算で見るのかによって状況は異なるが、円ベースで見ていくと貿易額は順調に伸びている状況にある。2012年時点で、日本の対ASEAN輸出額は10兆3,000億円であったが、2014年は11兆800億円と増加し、約8%の伸びを見せている。10年前の2004年と比較すると40%以上の伸びを見せている。

日本からの対ASEAN向け輸出の中で最大の品目は鉄鋼製品で、輸出額のシェア約10%を占め、2番目に多いのが半導体と電子部品で約8%。その他では自動車とその部品が続き、これら3品目で約3割を占める。対ASEAN輸入額については2014年が約12兆円で、前年比2.6%程度の増加である。その内訳を見ると、液化天然ガスが20%を占め、原油が4.2%、石炭が2.7%である。鉱物資源価格の下落で輸入の伸び、円ベースの伸びも若干のプラスにとどまり、貿易収支としては赤字幅が狭まっている状況である。

対ASEANの輸出量については、大きな伸びを見せてこなかったが、2014年の中盤あたりから需要増もあり、輸出財の高付加価値化による価格競争力が付いてきたこと等で、徐々に回復傾向にある。ただ最近の日本からの輸出量は全体的に鈍化しており、対ASEANについても同様の傾向がうかがえる。

次にドル建てで対ASEAN貿易を見ると、輸出については、2014年上半期に対マレーシアおよび対インドネシア向け輸出がマイナスに転じている。インドネシアは、ドル建てでも円建てでもそれぞれマイナスとなった。他方、ベトナム、フィリピン、シンガポールについては、ドル建てでも円建てでも堅調に推移しているという状況である。輸入については資源価格下落の影響が大きく、2014年からASEANからの輸入価額の25%程度を占める鉱物性燃料の金額が大幅に減少している。その影響が2015年の上半期にも表れ、日本の対ASEANの貿易赤字は縮小傾向が続いている。

また、日本からの対ASEAN直接投資額(ネット・フロー)については、2014年に2兆1,800億円と拡大しており、2015年も8月時点で既に1兆7,700億円という状況になっており、ASEANへの直接投資による資本流入が引き続き拡大している状況をうかがうことができる。タイ、インドネシア向けの直接投資額はマイナス基調が続いているが、ベトナム、フィリピン、マレーシアは堅調に推移している。最近の日本企業による対ASEAN直接投資の特徴としては、やはり非製造業の比率が高まっている点が挙げられる。2015年上半期だけで非製造業が50%強を占めている。

ストック・ベースで日本の対世界直接投資を見ると、2014年末の時点で、円建てで約142兆円の対外直接投資残高がある。そのうち対アジアの残高シェアを10年前の2004年末と比較すると、当時は世界全体に占める割合が約20%であったが、現在は約30%弱という水準に上昇している。ASEANのタイ、インドネシア、マレーシア、フィリピンを見ると、2004年当時は6.4%であったが、現在は8.4%に拡大している。なお、参考情報として、直接投資残高の構成比としては北米の割合が大きいが、2004年の約40%から、2014年末には約33%に低下しており、欧州も2004年の約28%から約24%に低下している。ASEANへの直接投資残高は急速に拡大しており、今後も引き続きこの傾向は続くと思われる。

一方、ASEANから日本への直接投資(ネット・フロー)の資本流入については、シンガポールがほとんどを占めており同国からは2015年上半期で、既に1,026億円に達し、米国の1,618億円に次いで2位、3位が香港の626億円となっている。シンガポールからの対日直接投資の主な対象は、不動産分野であり、この流れは今後も継続していくのではないだろうか。

森山(三菱商事)
対ASEAN投資については、これまでタイとインドネシアに集中していた投資が、実感としても、その他のASEAN諸国でも増えてきたという印象がある。マレーシアでもそれなりに投資案件はあったが、先ほどの投資残高ベースでも分かる通り、投資先にもばらつきが見え始めている。最近は、タイ、インドネシア、シンガポール、マレーシア以外の国に対する投資の流れが生まれており、一つ一つの国をベースに考えていかなければいけない。

AECに向けた動きを見ると、「海のASEAN」と「陸のASEAN」の熱気の違い、気持ちの込め方の違いがある。日本企業も「陸のASEAN」、タイに加えてミャンマー、ラオス、カンボジア、ベトナムに注目しなければいけないという気がしている。ASEANも10ヵ国あるため、その対応も10通りあるはずで、昔はタイとインドネシアへの投資が中心であった。しかし、最近は少額であっても両国以外への投資件数が増えている。各国が相互に関係するという見方が必要であり、投資残高もそのように見ていかなければいけない。

磯野(豊田通商)
豊田通商アジアパシフィックは自動車関連のビジネスに強みがあり、自動車関連とそれ以外の収益比率が7対3である。これを今後は6対4程度に持っていきたいと思っているが、メコン地域で特に感じるのはインフラ整備のニーズが大きいことである。また、自動車関係では引き続きインドネシアとタイが重要市場であるが、最近、あらためて見直しているのが、ベトナムとフィリピンである。ベトナムは規制が厳しい国ではあるが、最近になってやや緩くなっているような印象も受ける。フィリピンも人口が多く、投資先として注目している。


三井物産株式会社 専務執行役員
アジア・大洋州本部長
兼 アジア・大洋州三井物産株式会社 社長
田中 聡氏

田中(三井物産)
紹介いただいたマクロデータを見ながらあらためて感じたのは、「日本からシンガポールに向けて」とか「日本からミャンマーへ」という、1国対1国の関係のみで資金の流れを把握することが次第に難しくなってきつつあるということである。ASEANから日本への投資はほとんどがシンガポールからのものというお話があったが、アジア各国の地場財閥グループには資金力がある先も多く、対日投資に対する関心も高い。しかし、その資金が必ずしもインドネシア、あるいはバンコクから直接日本に入るわけではない。

われわれがASEAN各国に投資をする場合にも、税制メリットなどを総合的に勘案して、現地に直接投資をした方がよいのか、統括会社をシンガポールや域外に設けて、そこから資金を投入するのがよいのかを考える。資金の動きに関しては、日本との二国間関係に加えて、資本市場が成熟しているシンガポールを中心に、やはりASEANを面で捉える発想がますます重要になっているのではないかと思う。

われわれもASEANでの今後の成長分野として特にインフラ、消費財・サービス分野に注目している。2015年末にAECが発足して、少しずつだが着実にその効果が表れてくる中で、ASEANを面で捉えていかなければ、全体の成長を取り込み損なう恐れがある。

加藤(双日)
ASEANはAEC発足を契機に「統合」ではなく、「競合」と「役割分担」で、経済発展が加速すると考える。アジア向けの投資は今後さらに加速していく。投資対象としてはインフラ、特に電力と港湾・鉄道・空港といった物流・交通システム分野が挙げられる。その他には消費財分野に注目している。

また、ASEANの大陸国とインドネシア・フィリピンといった島国の間にはAECに対して温度差が見られるが、メコン地域における「タイ+1」に関する動向を注視している。

貿易面では、当社の場合トレードは日本を経由しないいわゆる三国間トレードが大半で、ASEANと日本の間の貿易の割合は少ない。ASEANの市場拡大を受け、域内の三国間貿易や中国、米州等他地域から食料などをASEANに運ぶトレードはさらに増加していく。

森山(三菱商事)
確かに貿易については、日本だけを相手にする輸出入は相対的に減少している。一方、ASEAN域内のトレードや、それ以外の国とのトレードが中心になっている。ただ、エネルギー資源は、例外的にASEANから日本向けに輸出するものが相変わらず多い。貿易統計は、貿易外収支も含めて考える時代になっている。先日、ASEANを研究されている方が、「メキシコと米国の関係では、メキシコで生産したものを米国に輸出という形であるが、ASEANと日本の関係の場合は、ASEAN域内で製品が動き回り、それが最終的に日本や第三国に輸出されたりして非常に複雑で、このような動き方をする地域は他に見られない」と話していた。確かに東欧、アフリカ、中東、あるいは南米を考えても、このような貿易動向を見せる地域は見られない。先ほどASEANの中の個々の国を見なければいけないと申し上げたが、それだけそれぞれの国の地位が上がっているというのが実態で、われわれも動き回らなければならないということではないか。

磯野(豊田通商)
特に消費財関係の会社を見れば分かる通り、もはや日本では生産が難しい。自動車関係は国内でも依然として頑張っているが、その他の製品の場合、日本国内で生産しているものはほとんどない状態。結局、日本には生産する物がないものだから、当然、商社の場合も、市場や機能を海外に設けるしかなく、投資先も海外という形になる。


住友商事株式会社 理事 アジア大洋州総支配人補佐 アジア大洋州住友商事会社 取締役COO
シンガポールユニット長、アジア大洋州資源・化学品ユニット長
岡田 卓也氏

岡田(住友商事)
ASEAN10ヵ国は、国の発展段階、成熟度の違いから、各国各様のアプローチが必要だと認識している。一方で市場全体を捉えると、当社は依然として需要の強い、インフラ・輸送機などの関連分野に注力しており、国としてはインドネシアへのコミットメントが大きい。先ほどフィリピンのお話があったが、人口ボーナスがASEANの中では最も長く続くと予想されており、また、自動車産業誘致を目的とする支援策が打ち出され、これが成長の足掛かりになるのか注目している。(ASEAN各国が日本を含む複数の国をてんびんにかけ、条件を引き出そうとする動きの活発化を考えると)各産業セグメントで、各商社が連合しながらアプローチしていくことを考えてもよいかもしれない。

佐々木(伊藤忠商事)
現在、当社が力を入れているのは生活消費関連とインフラ関連のPPP事業であるが、ASEANは域内の人口が6億人から、15年後には7億人になるといわれており、人口ピラミッドの構成も非常に若い層が厚いため、今後も非常に期待のできる消費財の市場であると考えている。その中でグローバルサプライチェーンの動きがいろいろな分野で表れており、AECやTPPを通じて、その動きがさらに加速するのではないか。ビジネスモデルも日々変化するため、どこでどのような提案ができるのかということが、商社にとっても非常に重要な仕事になっていくのではないか。

今までのように安定した商圏という形ではビジネスは続かず、日々そういう脅威の中にわれわれはいると考える必要がある。他方、中国の素材産業における過剰設備の問題も非常に大きくなっており、ASEANに対しても中国からの「売り圧力」が顕在化している。中国は国営企業を中心にASEANの華人ネットワークを活用し、いろいろなアプローチでASEAN各国に働き掛けている。われわれ商社としても、ボーダーレス時代の中、どのように対応すべきなのかを考える、新しい局面に来ているのではないか。当社はタイのCPグループ、中国のCITICの両コングロマリット企業とパートナーシップを組んでアジアで新たなビジネスを模索している状況にある。アジアでのビジネスインテグレーションを加速させシナジーを創出したい。

桒山(丸紅)
ASEAN各国の有力財閥グループと、その国の中で付き合っていくということではなく、域内の別の国へ一緒に出ていくというような話をすると、彼らから、ぐっと身を乗り出してくるような意欲を感じているところである。例えばインフラで電力分野について言えば、ASEAN各国ではまだまだ電力供給網が不足しており、こうしたパートナーシップを通じて積極的にビジネスを進めていきたいと思っている。

2.「ASEAN経済共同体」発足とこれからのビジネス環境

齊藤(司会)
対ASEANの貿易・投資動向については、これからは対日という見方だけでなく、ASEAN域内でどのような形になるのか、またインフラ整備の場合には、域内だけの企業とは限らず、地場企業、欧州企業や米国企業も巻き込んで取り組むという話にもなるのではないかと思う。そういう中で、ASEAN経済共同体(AEC)の発足を控え、新しいビジネスモデルを考える上で、商社として、日本企業として、何ができるのかという観点からお話を伺いたい。最初に丸紅の桒山さんからコメントをお願いしたい。


丸紅株式会社 常務執行役員
アセアン・南西アジア統括
兼 丸紅アセアン会社 社長
桒山 章司氏

桒山(丸紅)
2015年12月31日をもってASEAN共同体、それからそのうちの三つの共同体の一つとして経済共同体が発足する運びとなっている。2003年にASEAN共同体設立が合意され、2007年には四つの目標を掲げマスタープランとなる青写真が策定されている。四つの目標とは、一つ目が「単一市場」「単一生産拠点」の形成、二つ目が「競争力のある経済圏」、三つ目が「平等な経済発展」、そして四つ目として「世界経済への統合」という目標である。2015年までに設立を加速させることで合意されたと理解している。

AECは、貿易面に加えて投資、サービス、技能労働者などの域内での自由化を目指すものである。貿易面については1993年にASEAN自由貿易圏(AFTA)が発効し、2010年にASEAN原加盟国6ヵ国で関税が撤廃され、2015年初めの時点で、品目ベースではASEAN全体で95%以上の関税撤廃と引き下げが達成されているということである。この点に関して言えば、AEC発足によって状況が一気に変化するというものではないと理解している。加えて、ASEANは日本をはじめとして、韓国、中国、インド、豪州、ニュージーランドなど周辺国とのFTAも多数締結済みである。AECによりASEANを中核としたこれらの広域FTAがさらに活用されることも期待している。

2015年2月に開催された非公式のASEAN経済閣僚会議で「AEC発足は地域経済統合の完了を意味するのではなく、新たな取り組みを協議していく上での一つの節目と捉えるべきである」という見解が示されたように、AECは、新たな制度の発足というよりも実際は通過点、マイルストーンの一つであるという捉え方が、産業界を含めた一般的な見方ではないかと思う。

非関税障壁の撤廃、サービスの自由化、熟練労働者の移動の自由化など、AEC構想の根幹ともいえる部分では依然として課題が残っているのは事実であるが、新たなアクションプランに沿ってこれらの課題も解決、統一化されていくと思われ、中期的にはASEAN全体での経済発展の底上げ、成長を加速させるものとして期待できると考えている。

関税の引き下げ、通関の「シングルウインドー化」(輸出入・港湾関連手続きのワン・ストップ・サービス)の整備が進めば、製造業においても生産拠点の最適化が進み、人件費や物流費等のコスト削減効果も期待できる。労賃が高コストであるタイでは、言語が似ているラオスやカンボジアに一部の製造プロセスを移転させた例があるが、同様のことがミャンマーなど、他国にも広がると考えられる。

物や人が動きやすくなれば、東西回廊、南北回廊といった道路が、文字通り経済回廊として機能を発揮し始め、周辺都市の発展に伴い道路、空港、港湾といったインフラ需要が発生し、建設資材や建設機械等のニーズも出てくるものと思われる。

一方、大きな課題の代表的な例としては、非関税障壁が挙げられる。依然として多くの貿易制限措置が非関税障壁として現存している。一部では関税削減の流れに反して、輸入ライセンス制度の運用強化や、規格・基準、検疫処置の強化をしている国も見られる。競争力の低い国々では、AEC発足による関税撤廃を機に、高度な産業蓄積のある国から安価な輸入品が流れ込み、国内市場が草刈り場になってしまうという懸念を持っているため、保護的な政策が続いているという状況にある。

先ほど森山さんからもお話があった通り、「海のASEAN」であるインドネシア、フィリピンでは、AECそのものの認知度が低いということが、いろいろな機関の調査でも明らかになっている。むしろ自国内での連結性の向上を図ることが先決という議論も聞かれ、AECに対する対応や力の入れ具合も各国で「まだら模様」という状況にある。

ただ、課題は依然として残るものの、統合作業は継続的に進行しており、今後も「AEC 2025」のロードマップに沿って進捗するものとみている。メコン地域の後発国もAEC結成を通じて、競争激化と経済活性化の両面に対応しながら、中期的には着実に発展していくものと期待している。

最後にご紹介しておきたいのが、ASEANの日本人商工会議所連合会(FJCCIA)が、
「AEC 2025」を見据えた提案をASEAN経済大臣会合で行っていることである。その提案では、ASEAN事務局の体制強化が主に取り上げられているが、その他、人の移動の自由化、貿易円滑化、非関税障壁の撤廃、基準認証の統一および調和などの提言が含まれている。

齊藤(司会)
AECの発足を控え、今後、どのような新しい動きが現れるのか、また、各社でどのような対応を考えているのか等、ご意見があればお伺いしたい。環太平洋パートナーシップ協定(TPP)が大筋合意したところであるが、今後、TPPと AECとがどのような関係になるのか、TPP交渉に関わってきた日本、シンガポール、マレーシア、ベトナム以外の国に対しても、どのような影響があるのか、そうした見方もひとつお聞かせいただきたい。


(独法)日本貿易振興機構
シンガポール事務所長
長谷部雅也氏

長谷部(JETRO)
AECについては、最終的にはサービス分野における今後の外資規制の取り扱いが焦点になるのではないか。物品の貿易については、2018年までにCLMV諸国(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)のほとんどの関税撤廃が進めば、ほぼ100%に近い関税障壁撤廃という状況にある。ビジネス環境を面で捉える場合、やはり各国のサービス・投資分野の自由化がどの程度まで進展するかが課題である。同分野の外資出資比率は70%までの開放がターゲットであるが、実施状況は各国によってバラツキがあり、進捗が明らかになっていない。このAEC発足以降、次の2025年に向けたブループリントでは、果たしてどこまで自由化が実現するのかが焦点になると思う。

岡田(住友商事)
インドネシアではサービス業の外資規制の影響で、ビジネスパートナーの組み合わせの検討に時間を要し、なかなか前進しないという話がある。われわれとしては、先ほど桒山さんからご紹介のあったFJCCIAを通じて、ASEAN各国政府に規制緩和・撤廃を働き掛けることが必要ではないかと思う。

田中(三井物産)
公に発表されているデータを見る限りでは、ASEAN域内で貿易取引は既にほぼ自由化が達成されていることになるが、実際の業務を通じて感じるのは、果たして本当にそうなのか、という疑問である。ASEAN各国の政府関係者も、「現在の時点での目標達成率は9割超」と語るが、建前と本音とではかなりの温度差があるようだ。非関税障壁は数多く、例えば、税関で商品が留め置かれることや、関連する許認可に時間がかかることなどさまざまである。関税率そのものはなくなったに等しいが、貿易取引の現場では、実質的な自由化がいまだに実現していないところに大きな問題がある。

キーワードは域内の「コネクティビティー」(連結性)であるが、その実現に向けた課題として、一つはハード面でのインフラ整備がある。「陸のASEAN」は、道路の整備は進展するも鉄道を中心にしたインフラ整備はこれからであり、また、「海のASEAN」は、港湾のインフラ整備が遅れているため、いまだに自由で円滑な物流が機能していない。

もう一つはソフト面のインフラ整備である。政府機関において、末端の行政機構に至るまで、関係国同士がきちんと貿易・投資の自由化を相互に担保し、非関税障壁の低減や通関手続きの簡素化を図る必要がある。先ほどの桒山さんのお話にもあった通り、現在はASEAN域内の自由化に向けた通過点であり、2015年末の時点でそれが十分に達成できるとは誰も思っていない。今後5年間でどの程度進捗するのかが本当の課題であり、そうした時間軸を意識しながら現実的に対応を進めていく必要がある。

森山(三菱商事)
われわれも非常に輸出入がやりにくいという実感がある。特に輸入の場合には、非関税障壁や規制措置など、いろいろな話がある。やはり毎年、毎年、進捗状況を一つずつ確認していくしかないのではないか。ASEAN10ヵ国にはそれぞれの国内事情があるため、一枚岩でないことはご存じの通りであるが、それが現実でもある。従って、AECやTPPの動向もフォローアップする必要はあるが、より良いビジネス環境の整備に向けて、一つ一つ風穴を開けていくしかないようにも思う。

日本が一体となってASEAN各国と対話をする必要がある。日本とASEANとの間には経済連携協定(EPA)が締結されてはいるものの、その運用について具体的に話をしていかなければいけない。ある物品の輸出入を行おうとして、EPAがあっても、実際にはなかなか話が進まないことは多い。外資規制についても現状ではASEAN全体で一度に大きく緩和されることはないと思う。


双日株式会社 常務執行役員
アジア・大洋州総支配人
兼 双日アジア会社 社長
加藤 英明氏

加藤(双日)
政府機関による諸政策の実効性、実行力、透明性には多くの課題が残る。ASEAN各国とも非常にしたたかでプライドが高い。その意味では今後種々制度を改善するには相当の困難が予想される。一方ASEANはFTAの締結数が多い。TPPについては、この地域で最も利益を得るのはベトナムではないかといわれているが、例えばベトナムの繊維産業がTPPの恩恵を受けて伸びていくことで、ASEANの他の国に焦りが生じ、TPPへの参加なり、自国システムの改革につながるという可能性がある。AEC経済圏以外とのFTAが、ASEAN各国の制度改革の引き金になり得るのではないかと考えている。

また、当地域のインフラ分野で日本は中国との競合が激しくなっているが、われわれはAECの動向に注目しつつ、中国及び将来中国に匹敵する有望市場となるインドにも目を向けなければいけない。華僑系の財閥にはアジアにおける地域横断的な展開で大きく成長しているところもある。そのような相手とパートナーシップを組んでビジネスをするのは日系企業が得意とするところでもあり、商社としてもチャンスがあるのではないかと考えている。CLMV(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)では新興財閥の台頭が著しく、この点も注目したい。

佐々木(伊藤忠商事)
5年前にシンガポールに赴任したとき、AECが2015年に発足するというスケジュールを見て、期待を持ちながらいろいろな方とお付き合いをしてきたが、やはり非関税障壁の問題がネックになっている。2014年、FJCCIAの会合をマニラで開催したとき、政策のレビューを行った。しかし、もろもろの政策を大きく変えられないのはやはり国益が絡む政治問題があるので、各国で一枚岩で解決策を進めることが難しい。これは辛抱強く毎年、提言や要望を出し続けるしかない。2025年までにAECがどのように深化するかという期待はあるものの、国益をベースとした政治問題がある以上、大きく変わることを期待することは難しいかもしれない。

それに比べるとTPPの大筋合意はASEANに対しても大きなインパクトがある。ベトナムやマレーシアもTPP交渉に加わってきたが、これは「黒船」が両国を訪れるようなものである。あまりにも国内に利権が絡む自由化反対勢力が多いため、「今までのルールを、黒船襲来をきっかけに変えていく」という「黒船効果」を狙っているのではないかと思うほどである。インドネシアや韓国がTPPへの加盟交渉に参加するようになれば、他の東南アジア諸国も追従するようになるのではないか。TPPがもたらす影響の方が、AEC発足以降の効果よりも大きいのではないかとも考えられる。


豊田通商株式会社 顧問
豊田通商アジアパシフィック 社長
磯野 央幸氏

磯野(豊田通商)
TPPを通じて一番問題が出る懸念があるのは日系企業の動向である。例えばマレーシアの場合、自動車に200%の税金が掛けられるが、TPPを通じて日本からマレーシアに輸出した方が安くなれば、マレーシアで製造する意味がなくなってしまう。進出した企業や、それを支援してきた優遇制度はどうなるのかという点も懸念される。豪州から、GM、フォード、そしてトヨタも撤退したが、これは他国で製造した方が安いためである。ベトナムやマレーシアから企業が撤退し始める場合、両国が他に生き残る手段があるのかどうか。その意味においてTPPはASEANに対して大きな影響があるのではないかと思う。

AECに関しては、既にAFTA等関税に対してかなり整備されており、今後どのような方向に向かうのか静観したい。

田中(三井物産)
2015年末にAECの発足を控えているものの、短期的に何かが大きく変わるわけではない。しかしながら、それでも5年前と現在とではASEANは確かに変化しており、これから5年後に向けても必ず少しずつではあるが着実に変化していくはずである。先般の TPPが AECの進捗を後押しする一方で、インドネシアやタイ等の各国がより前向きにTPPへの参加を考えるようになるのではないか。

1人当たりGDPが5万ドル超のシンガポールから、1,100−1,200ドルのカンボジア、ミャンマーまで発展度合いが大きく異なる国で構成されるASEANにとっても、AECを通じて一つにまとまらなければ、中国、日本と米国に挟まれて、自分たちの発言力が低下するという懸念もあるはずである。時間のかかる問題ではあるが、やはり道は開けるのではないかと期待している。

桒山(丸紅)
5年、10年後に、大きな変化は見られないかもしれないが、目標を持ってASEANが少しずつ動いている中で、われわれもその流れに乗っていきたいという思いである。

齊藤(司会)
経済共同体というのは世界でも何百と締結されているが、うまくいっていないものが多いのも現実である。その中で、勝ち組と負け組が出てきてしまう懸念もある。欧州でも格差が生じているが、アジアでも同様の格差が生じてしまうのか、どのようにご覧になっているかお伺いしたい。

田中(三井物産)
良い意味で、域内での役割分担が生まれるのではないか。もし域内での貿易・投資が現在よりも自由度が増していった場合、それぞれの国に自動車工場を建てることにはならない。どこかの国に拠点を定めて工場立地を集中化し、周辺国はそれぞれに競争優位や比較優位のある製品やサービスを提供するようになる。自動車であれば、例えば既に産業集積のあるタイやインドネシアがますますクラスター化し、その周辺国がそれを上手に助ける役回りを担うようになる。

例えば、農民が国民全体の6割から7割を占める現在のミャンマーに、無理に自動車工場を造るよりも、初期の産業発展の過程として、農民が工場労働をより現実的に経験できるような、周辺産業や軽工業の基盤を整備していく方が合理的であり、理想的には全ての国が勝ち組になり得る。われわれの役割も、それぞれの国がそれぞれの国情に合致したユニークな発展の過程を遂げていけるような、お手伝いの仕方を探すことではないかと思う。

森山(三菱商事)
TPPについては、もちろん各社の研究所やシンクタンク系の部門でも、その内容について精査、分析を始めるところであると思うが、日本貿易会においても専門部会を開いていただき、分担して、この掘り下げ、分析を行うことも検討いただけるとありがたい。TPPがアジア・オセアニア、南米、北米間の貿易にどのような影響をもたらすのか、その影響度がどの程度あるのか等、日本貿易会が中心になって進めていただけるとありがたい。また、TPPメンバーであるベトナムとマレーシア、シンガポール、ブルネイでの影響のみならず、現時点でメンバーではないタイ、インドネシア、フィリピンや、インド、中国へのインパクトについても検討していただきたい。

3. 今後のASEAN地域との関係強化の在り方

齊藤(司会)
いまのお話にもつながると思うが、ASEAN各国を支援していくための方策についてもいろいろな考え方がある。例えば国際協力機構(JICA)、日本貿易振興機構(JETRO)もASEAN支援を行っているところであるが、ASEAN共同体に対する支援を今後どのような形で行っていくべきかについて、最後にご意見を伺いたい。

質の高いインフラ輸出の日本政府に対する要望の要は、結局、資金面が中心になるが、PPPを推進していこうという場合も、電力案件ばかりが出てきてしまい、他の分野の案件はリスクが大きく民間では簡単に対応できないケースが多く、その部分を改善してほしいという強い要望が会員企業各社からも寄せられている。PPPの枠組み、仕組みづくりという点では、アジア開発銀行(ADB)も対応しているが、日本としてどのようにASEANと関わりを持つのが望ましいのか、という点についてもご意見を伺いたい。


三菱商事株式会社 常務執行役員
アジア・大洋州統括
森山 透氏

森山(三菱商事)
自動車産業や機械産業など個々の産業を通じた役割分担の話の前提として、今日も冒頭にお話があったインフラ問題の解決がやはり重要である。マレーシアでさえ、いまだに発電所の問題の話が出てくる。シンガポール以外の国については、やはりインフラをどのように整えていくのか。また、もう少しすると、30−40年前に導入した機械・設備の交換時期が訪れる。そうした交換も含めてインフラ整備を考える必要がある。AECやTPPをうまく進めていくために必ず必要なものは何かと言えば、やはりインフラである。

消費財やサービス分野の話も出てきたが、これもベースとなるのはインフラであろう。貿
易会からも「質の高いインフラ整備」に関する提言を出していると聞いているが、確かに質の高いものも必要とされるのも事実である。現在は民間資本を活用したインフラ整備という時代に入っていることから、各国政府に対しても、日本政府から、質の高いインフラシステム輸出の話をしていただきたい。

また、今後は域内での人口増を考えると、ASEANにおける成長の要の一つの柱はインフラになるが、もう一つの柱は消費財、サービス分野である。目線を両方に置きながら、このバランスを取ることが重要である。貿易会からの質の高いインフラシステムの輸出についての提言には、JBIC、JICA、NEXIに対する要望が記載され、主に日本政府の支援策に対する提言であるが、そのような話をASEAN各国も必要としているのは間違いない。それぞれの国に対して、やはり世界スタンダードに少しでも近づくようにリードしていただき、そのための支援を日本政府からしていただければ、われわれのビジネスの両輪の一つであるインフラ関係の仕事にもつなげられるのではないかと思う。


伊藤忠商事株式会社 常務執行役員
アセアン・南西アジア総支配人
佐々木 淳一氏

佐々木(伊藤忠商事)
当社はインドネシアで石炭火力発電プロジェクト進めてきたが、土地収用が進まず遅延していたところ、日本政府およびインドネシア政府から支援をしていただき、同国における最初の発電PPP案件として推進することが可能になった。問題なのは相手国政府側が「パートナーシップ」のイニシアチブを適切に取ってくれるのか、というところであると思う。今後、ASEANのインフラ需要が非常に大きくなる中で、同様の問題は常に生じる。日本政府による支援は非常にありがたく、時間はかかるとしても、このような経験を次の案件にも生かしたいと考えている。

また同じような問題が出てくる可能性が非常に高い中で、そのリスクをどのように低減させるのか。民間で取り得るリスクはかなり限定されている。発電事業でさえこういう問題が起こることを考えると、交通インフラとなるとリスクの度合いがはるかに高い。やはり日本政府のバックアップを頂きながら、また、相手国政府からも理解を頂きながら、質の良いインフラ輸出をわれわれとしても促進していきたい。

消費財の分野についても外資規制が非常に多く、サービス産業の外資規制をいかにして撤廃させるかという点に関しても、各国の日本国大使館や、日本政府の力を頂きながら、相手国政府と対話を続けていく中で、粘り強く進めていくしかない。ただ、アジアの需要は拡大傾向にあるため、われわれの地場のパートナーも結構したたかにビジネスの統合を図っており、その中でわれわれは日本ブランドの良さを浸透させながらリード役を果たしていかなければいけない。

加藤(双日)
この地域に駐在して欧州や米州と何が違うかと言えば、突然に法律が変わるというような点があるのではないか。想定外の課税通知を受け、対応に多大な時間がかかるケースもある。日本政府にはそういう不安定要因を改善するための支援を通じて、各国の政治・行政のレベルアップを図る施策を期待したい。日本は各国が抱える課題に対しソフト面の支援も丁寧に対応できる国であると考える。

シンガポールでは日本国と若手官僚の人材交流を通じて人材育成なり両国間のコミュニケーション強化を図る機会も見られるが、こういう施策をASEAN各国で推進することにより、各国の政策立案過程で人材育成の結果が良い影響を及ぼす効果も期待できる。そうしたアプローチも大切ではないかと考える。地味だが通関システム、金融などソフトインフラ分野で辛抱強く支援を続けるということも効果的ではないか。

長谷部(JETRO)
ASEAN各国からの中小企業等をはじめとする産業人材育成の要望は非常に多い。JICAが社会・経済開発計画の立案、実施に係わる若手行政官の留学生受け入れなどのプログラムを実施しているが、ジェトロでもインターンシップ事業の活用等さまざまな形で産業人材の育成で貢献できると考えている。また、2015年8月のASEAN事務局に対するFJCCIの提言でも、在ASEAN日系企業が、育成プログラムづくりと現場での受け入れ・指導の双方で協力が可能である旨提言している。産業人材育成は今後重要なテーマになると思う。

田中(三井物産)
現在のアジアは明らかにエネルギー需給の転換点を迎えている。これまでインドネシアもマレーシアもエネルギー輸出拠点であったが、現在は輸入も受け入れつつある。その中で、電力案件だけでなく、LNGターミナル案件も増えているが、例えば日本の電力会社やガス会社は、建設した設備を安全・確実に保守・運営し操業する経験・ノウハウの蓄積が豊富であり、現地から人材を受け入れて、日本国内で現場実習を含めトレーニングするという対応も可能である。

やはり物の提供だけではなく、サービスや知的財産などと絡めながら、コストだけではない異なる形の競争力を付けることも重要ではないか。日本政府からの支援を絡めながら、中国やインドなどの企業と真っ向から競合するのではなく、どこかで上手に役割分担し、折り合いをつけていくというやり方も探る必要があると思う。

(2015年10月23日 於 日本貿易振興機構シンガポール事務所)

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