新時代を迎えるASEANとJICAの協力

独立行政法人国際協力機構(JICA)東南アジア・大洋州部長
田中 寧

1. はじめに

人口6.3億人強の巨大市場と若年層が支える豊富な労働力があり、年平均5%内外での高い経済成長を続ける ASEAN。日本のASEANへの直接投資額は2年連続2兆円を超えて中国向け投資額の3倍の規模にまで達している。日本企業にとって ASEANは重要な生産拠点であり、生産ネットワークの構築も進展している。また、ASEAN域内では、首脳会議・閣僚会議をはじめ東アジア首脳会議(EAS)、ASEAN+3(日中韓)首脳会議、ASEAN地域フォーラム(ARF)、アジア太平洋経済協力(APEC)等が開催され、ASEANは東アジアの地域協力の中心として政治的にも存在感を増している。日本の平和と繁栄にとって、ASEAN地域の安定および日・ASEAN関係の強化は極めて重要である。

2. ASEAN統合の動き

ASEANは1967年に当初5ヵ国により設立され、1976年の第1回首脳会議の「ASEAN協和宣言」における域内経済協力の実施の表明を機に、同地域内の経済発展を優先する政策が進んだ。2003年の「第2ASEAN協和宣言」により、政治・安全保障、経済、社会・文化の三つの分野からなる共同体の創設が打ち出され、経済統合の動きは本格化した。2007年には「セブ宣言」により2015年までの共同体設立が表明され、ASEAN共同体ロードマップ(2009−15)が採択された。また、2010年にはこれら三つの共同体を構築するため、物理的、制度的、人的連結性を高めるさまざまな活動を記載したマスタープランを発表した。このうち、経済共同体(AEC)ブループリントにはAEC創設に向けた実施計画が盛り込まれ、貿易・投資、人の移動の自由化等の取り組みの推進につながった。さらに、翌年のASEAN憲章発効により、従来は単に地域の国同士のつながりであったASEANは、内政不干渉・コンセンサスによる意思決定の原則を従来通り維持しつつも、法人格を持った地域国際機関となった。

3. AEC発足とJICAの立ち位置

2015 年11 月22 日のEAS において、ASEAN 加盟国はASEAN 共同体の12 月末での発足を宣言し、同時に2025 年に向けたビジョンと政治・安全保障、経済、社会・文化の三つの共同体をさらに深化させるための「ブループリント」を発表した。共同体発足宣言により、さらに貿易や投資の自由化が加速するという期待が企業をはじめとして各方面から寄せられている。AECブループリントの全体評価は、2015年10月末に92.7%の達成率(506の優先項目のうち469項目が実施済み)で関税撤廃は予定通り進んだ。ただし、これは後発加盟4ヵ国の関税撤廃目標年を2018年とした中での達成率である。また、特に非関税障壁の撤廃はほとんど進んでおらず、熟練労働者の移動自由化の遅延が見られ、国内製品の国内規格や安全配慮等国内法の改正を伴うものについても撤廃は困難と考えられ、統合後も依然として問題が残っている。

JICAはかねて ASEAN各国での開発協力を進め、昨今では東南アジアを日本と共に成長する社会・地域と捉えて地域全体の発展を視野に入れ、時代の趨勢に合致したさまざまな開発協力事業を展開している。JICAはまた、包摂性、持続可能性、強靭性を兼ね備えた ASEAN地域の「質の高い成長」を目指し、連結性支援を通じた域内格差是正はもとより、保健、教育等の各国における貧困削減に向けた支援、さらには防災、海上保安、女性支援、平和構築といったさまざまな分野・課題において、日本の知と技術、経験を生かした協力を継続して進めている。東南アジアにおける開発協力事業実施のための政府対話の場においても、JICAは ODA実施機関として大きく貢献している(昨今の ASEAN関連のわが国の動きと公約内容は別表を参照)。政府政策関連では、JICAの対 ASEAN協力は「『日本再興戦略』改訂2015」にも合致し、JICAは、プロジェクト上流段階の全体計画策定、円借款の制度改善、海外投融資のインフラ案件への活用、ビジネス環境改善、中小企業等の海外展開支援、研修事業を通じた親日派人材の育成・ネットワーク強化等に取り組んでいる。

4. ASEAN地域におけるJICAの協力の事例

JICAはASEAN各国への具体的な事業を通じて、道路・港湾・鉄道等のハードインフラおよび各種制度整備や人材育成等のソフトインフラの開発支援を、また各国間の互いの連結性を高める協力を行い、ASEAN統合への要請に応えている。

ハードインフラの協力の一例として、2015年4月、カンボジアでは無償資金協力事業により、メコン川に架けられた全長5,400m(アプローチ道路を含む)の「つばさ橋」が開通し、ホーチミン市、プノンペン、バンコク間の約900㎞の南部経済回廊が一本の道路で結ばれた。交通手段はフェリーから様変わりし、つばさ橋の開通はカンボジアの競争力を高めるためのインフラ整備支援とともに、国境を越えてメコン地域が一つになることに向けて大きく前進する後押しにもなった。ポル・ポト派の弾薬庫があった現場での 4,000発以上の不発弾の処理に始まり、工事中にはさらに雨期と乾期で7mも水位が変わるメコン川では乾期に短期間にくい打ちをしなければならない、という特殊条件の中でも、工期が大幅に遅れることなくつばさ橋は完成した。

ソフトインフラの協力の一例として、連結性改善に向けた通関手続きの迅速化が依然として大きな課題であり、 JICAは世界税関機構とも連携しながら、 ASEAN各国において技術協力プロジェクトや専門家派遣を通じて通関の効率化に向けた協力を実施している。通関手続きを効率的に行うためには貿易手続きの窓口を一本化し、電子的に処理するシングル・ウインドーが重要であり、 ASEAN地域においては、さらに各国共通のアセアン・シングル・ウインドーへと進める取り組みが行われている。例えばベトナムでは、通関手続きの電子化推進に向け、日本方式の通関システム(NACCS)を導入し、JICA専門家が制度改善とシステム運用に関する指導を行っており、ミャンマーでも同様に協力を推進しているところである。

このように二国間協力においても、地域統合の観点から協力を進める必要性を内包している。

5. ASEAN地域における今後の協力の方向性

2015年初頭の開発協力大綱の閣議決定を経てODAを取り巻く環境も新しい時代に入った。 JICAとしては日本政府の基本方針を踏まえ、AECや環太平洋戦略的経済連携協定( TPP)などの地域経済連携をはじめとしたアジア域内各国の動向も念頭に、アジア開発銀行などの国際機関や日本の民間企業との連携を強化しつつ、東南アジアの国々と日本の社会が共に成長するために尽力していく。その際、特に次の点につき重点を置く。

(1)質の高いインフラ整備の推進

拡大するアジア地域のインフラ整備のニーズに応えるため、そして雇用創出や社会サービスへのアクセスを通じた途上国の人々の生活改善や環境との調和、防災能力向上など持続的成長に資する「質の高い成長」のために、「質の高いインフラ」の整備を推進していく。具体的には、官民の効果的な資金導入推進や国際機関や民間企業とのパートナーシップの強化、ライフサイクルコストや環境社会への配慮、防災や人材育成など包摂的アプローチを踏まえたインフラ整備を推進していく。その際、案件形成プロセスにおける迅速化に取り組んでいく。

(2)産業人材育成支援

産業発展において人材は極めて重要な要素である。特にASEAN地域には多くの日系企業が進出しており、業種や企業によっては地場産業も取り込んでサプライチェーンを構築している事例も多数ある。こうした企業が生産性を高め、対外競争力を高めるための産業人材育成支援を行う。具体的には、ものづくりの現場を支える熟練技術・熟練技能者の育成、製品の開発や設計を担うエンジニアの育成、さらにはイノベーションを推進する高度な研究に従事する人材の育成である。また企業のマネジメントを強化するため、経営企画に携わる知識・能力を有する人材の育成にも取り組んでいく。このように産業界が求めるさまざまな分野・レベルの人材の育成に協力していく。
(本稿は筆者の個人的見解であり、JICAの意見を代表するものではない)


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